それぞれの幸福の自給自足法

2016年12月2日(金) @下北沢B&B

6.そのこと自体が喜びであること

大原 でも今日……昨日でしたっけ? 何か……あ、仰りたいことありました?

鶴見 え? いいですか?

大原 はい。

鶴見 何か「コンサマトリーな」っていう。

pha あー、はい。

鶴見 充足的な方法とかっていうの書いてたじゃないですか。

pha はいはい。

鶴見 あれがけっこう何か「すごい自給自足っぽいなあ」というふうなことを思いました。

pha あー、そうですね。

鶴見 そうであれば、まあ基本的に「何でも自給自足になるかなあ」という。

何かの手段とか、何かのためにとか言ってやってる、「人に良く思われるため」だとか。将来、自分の将来のためにやってること、何か自給自足っぽくないし。

結局、何かの手段として仕方なくやってるようなことって、「食うため」だとか。それもやっぱり……自分の見栄のためだとか。

それ自体がこう……コンサマトリーは充足的ってことなんだよね。それ自体、その行為自体が喜びであるような。そういうものをやってくことが「自給自足なのかなあ」という風にね、

pha それは大事ですね。

鶴見 思ったりしましたね。将来のためとか、自己投資だとか。そんなことばっかり死ぬまでやってても全然ねえ、自給自足的じゃないし。

今という時間に対しても、何かこう自給自足じゃなきゃいけないような気はするしね。

pha そう。僕もブログ書いたり本書いたりするのも、何かそれで達成したいというよりは割と書くこと自体が楽しいからやってるんですよね。シェアハウスとかやってるのもそうだし。

あんまり「何かのため」っていうのはないですね。僕は。

大原 何かのためにやってると、不安は減るかもしれないけど幸せじゃないかもしれないですね。不安が減るのと幸せってちょっと違う気がしますけど。

鶴見 バタイユという人が、すべて「食うため」とか色んな「ため」にやる行動っていうのは二の次のことで。一番大事なのは、やっぱり「気持ちいい」ということのためにやることで。

手段とか必要だとかのためにやることは、「そんなに崇高じゃない」みたいなことを『至高性』とかっていう本に書いてて。

それまあ、見田宗介が書いたりとか。それを分かりやすく書いたりとかしてるんですけど。まあ、そういうのが

pha いやー、そうですね。

鶴見 自己充足、じゃないや。自給自足的な感じがするなあという。

pha 僕もやっぱりね、その辺にすごい影響を受けてる感じはありますね。

大原 置いてけぼりですけど。バタイユ知らない。

鶴見 あ、いやいや。知る必要ないです(笑)。

pha (笑)

鶴見 そういう行為がいいですね、っていう。そのこと自体が喜びであること。

大原 うーん。とやってるとね、一気に話を広げますけど。

鶴見 え?

大原 昨日か今日、鶴見さんとお話してて、戦争なくなる気がするんですよ。

鶴見 そうですよ。

大原 全部自分で自給自足してると。人種差別とかもなくなるような気がしてて。

これも私の想像なんですけど、「何で戦争っていうことになるんだろうなあ」って考えて。いろいろ何を考えてそうなってるのか? っていうの想像してるのが好きなんですけど。

もちろんそれだけではないと思うんですけど。自分の……何だろう? 善悪の判断を国家に委ねた最終形が戦争みたいに思うことがあって。

それを一人一人が判断してたら、「そんなに大きく戦争に向かうことってないんじゃないかなあ」と思うんですけど。

pha 結局何か国家のために自分、個々を犠牲にするみたいなのがないと戦争とかできないですよね。たぶん差別とかもそうだし。

個々の生活じゃなくて、何か大きい集団に属してる意識とかがないとできないだろうし。それぞれの人がね、個人で動いてたらどっちもない気がしますね。

大原 だから何でそこに依存したくなるのか? っていうことを一人一人が立ち止まって考えないとね。全体的に、全体主義屋さん? に巻き込まれてエライことになっちゃうから。

鶴見 「全体主義屋さん」本の中によく出てくる。

大原 あー、そうですね。

鶴見 嫌いな物の代表として。

大原 そうなんですよ。

pha やっぱり何か分かりやすいし、それに入れる人は入ったら落ち着くみたいなのはあるんだと思うんですよね。不安な人とかね。

大原 寄りかかる何かがないと不安ってことは、それが……たぶんそういう不安に思ってる人たちって自分の寄りかかってる何かが「強固なものであってほしい」とか。

そういうこと思うとそれを強固なものにするために、たぶん分かりやすい敵とかを作って排撃したりして。

その自分の信じてるものが「すごく強いものだ」って信じることができるんでしょうか?

pha そうですね。あとまあ、単純に目標を作ってくれるっていうか。何か「これをするのが正義だ」とか。「あいつらを殺すのが正義だ」みたいな。

何かそういうものが設定してくれるから。それに入っちゃうのはあると思うんですけど。

たぶん、さっき言ってたコンサマトリーと逆と思うんですけど。大きな目標のために何かやるみたいな。

鶴見 経済なんてモロそうですよ。戦争だけじゃなく。最近はこう、戦争……経済もすごい絡んでるんですけど。経済進出するのも新植民地主義とか言われて。

それもやっぱ自分のね、所だけで充足できないというか。それだけじゃ不満なんだよね。企業とか。そうすっと海外に出て行くっていう。

そういうことをやって、現地の人たちに迷惑掛けたりとかして。

大原 充足を他国に頼る、みたいなね。

鶴見 そうそうそう。何か自分たちのところで不満という。自分たちが充足してれば経済侵略とか搾取とかしないで済むのに。

それはでも、だから「自給自足が良い」というのは本来の意味での自給自足のあれだよね、ワードの使い方ですよね。ほんとに。それは普通に言われることだから。

戦争もそうだし。きっとね。大事ですよ。

pha 自給自足してないと他人を侵略してしまうっていうか。

大原 終わりがないですよね。自給自足の方がよっぽど楽な感じがするんですけどねえ。

鶴見 広めていくしかない。自給自足が大事だという。

大原 自分がバイト勤めを辞めて隠居生活を始めた時って、やっぱり身の回りから固めていきましたもんね。

「お金を使わない」ってなると移動もできないし。歩いて行ける距離で何を楽しいことできるか? とか。

「お金掛けないで」ってなると、身の回りのことしかないですよね。

pha 身の回りって家とか、家事とかそういう……。

大原 そう。図書館とか。

pha ああ。何かそれで全然満ち足りると思うんですけどね。僕もそうだけど。僕なんかもうブラブラ散歩して、図書館で本書いてればわりと幸せな方なので。

鶴見 俺も図書館すごい行く。この人も図書館行くっていうふうに書いてるし。

pha (笑)

鶴見 やることはみんな同じに。俺も最近は紅葉とか。今まさに紅葉の季節。紅葉すごい見るんですよ(註1)。

pha あー、紅葉はいいですね。

鶴見 何かみんな似たような。

pha (笑)

鶴見 どうしていきたいですか? 今後、自給自足の

大原 はい。

鶴見 自分なり、社会なりの自給自足を実現するために「どうしていきたいか?」っていう。やりたい……ためにでなくても、今後何か心掛けてることとかありますかね?

それ行ったら質問に移りましょうか。

大原 ……あ、もう一回。

鶴見 今後、自給自足のためにでもいいし、

大原 はい。

鶴見 まあ、全体的にでもいいし、「今後こうしたい」みたいなの。「これからはこうしていきたいな」っていうような。

大原 こうしていきたい……。

鶴見 考える時間を欲しければ他の、他からこう……

大原 ありますか?

pha 今後そうですねえ、あんまりないんですよね。

鶴見 ない?

pha 僕ほんとに先のことが考えられないんですよね(註2)。

鶴見 そうなんだ。

pha 半年後のこととか。逆に、だからこそコンサマトリーというか「今を充実させることだけやればいい」っていう考えになると思うんですけど。ほんと先の計画が立てられなくて。

ただまあ、今はわりと充足してるというか。まあ、本読んだりブラブラしたり。あと何かちょっと人を集めたり。あと何か物を書いたりとかして割と満足しているので。

「これが続けばいいかなあ」っていう感じですね。

けっこう僕、前からずっと同じこと言ってますね。5年前ぐらいも「これが続けばいいなあ」って(笑)。

鶴見 じゃあ、ちゃんと続けられてるから、やりたいことがちゃんと出来てるということだよね。

pha そうですね。やりたいことやってれば「まあ、何とかなるかなあ」と思ってますね。

大原 その当時やってたことと今やってたことは、やっぱり形は違うものですか?

pha いや、でも基本的には変わってないですね。昔はブログ書いてたのがちょっと本書くのになったぐらいだけど。本質的には変わってないし。

人を集めるとかも昔からやってるけど、ちょっと規模が大きくなったぐらいで変わってないし。基本的には変わってないですね。

それはまあ、「自分はそういうことやってれば幸せだ」っていうのが会社辞めてから分かったから。それをやってるっていう感じで。

「何をやってれば幸せか?」っていうのを見つけるのが一番大事なことかなあ、と思います。

鶴見 絶えず模索していくという。

pha うーん、どうですかね。僕は一旦見つけたら「もうそれでいいや」って感じですね。模索は終わった感じで。

鶴見 そうなんだ。

pha 20代はわりと模索だったんですけど。20代、28ぐらいで会社辞めて今みたいな生活になって。「あ、これでいいや」って。

その後はもう模索もやめて。そればっかりやってるみたいな(笑)。これがいつまで続くのか分かんないですけど。あと10年ぐらいはやってそうな気がしますね。

鶴見 なるほど。俺はけっこうねえ、世の中を良く変えるという方向とかに、まあちょっと、最近はスライドしているので。

そんなあれを……やっぱりオルタナティブな、「会社行って」とか、それでお金を稼いで「消費をして」とかいうノリじゃない、いろんなオルタナティブとか。

昼間からね、平日の昼間からブラブラしてる人とか堂々とブラブラできるような社会とか(註3)。

そういう人がブイブイ言わせるような社会とかを実現するためにですね、「色んなオルタナティブがある社会とかがいいな」と思ってですね。

大原 最近ですか? 昔はこんな感じでしたか?

鶴見 いや、昔からずっと。昔から。

大原 社会的に?

鶴見 あ、社会的にはあんまり……でもねえ、「政治を変えなきゃいけない」とかになってくると、そういうことは俺は昔は全然言ってなくって。

まあ何か、例えば原発だとかそういうのに出くわしたら「政治を変えなきゃいけない」とかになって。「じゃあ選挙だ」とかなってくると、やっぱり何か「あー」って思っちゃうんですけど(註4)。

「しなきゃいけない」はいけないんだけど。「難しいなあ」とか圧倒されちゃうんだけど。

元々こう……社会の日の目をみないような人たちがね、もっとこう、ちゃんと認識されるような社会だったら「面白いな」と思ったりしてたんで。

そういう社会だったら、こうやって発言しながらでも実現できるような。こういう風なこと言ってれば、みんなそういう人たちが元気が出たりとかして。

まあ、そういうような感じでいろいろ……

大原 やっぱり視点が社会的ですね。

鶴見 楽な社会になったらいいな、とか。最近は何かそんな感じです。

大原 そうですか。

鶴見 うん。いやいやいや(笑)。

大原 私はほんとに自分のことにしか興味がなくて。ちょっと……

鶴見 いやいやいや

pha (笑)

鶴見 全然、全然。でも、やっぱり言ってるし。こういうこと言ってるっていうことは何かこう、世の中を変えるものだからねえ。やっぱりねえ。これは社会的ですよ。すごく。

大原 結果的に

鶴見 結果的、

大原 そうなってしまいましたかねえ。

鶴見 うん。社会を変えますよ。

pha しばらくは台湾暮らし?

大原 「台湾で隠居できるかどうか?」っていうのを、別に誰のためでもなく自分がそれを知りたいのでやってる感じで。

……と言いつつ、これからも色んなことに執着せずに成り行きで「自分の好きなことをやって生きていけたらいいなあ」と思いつつ、「もうちょっと期待に応えなきゃいけないのかな」とか。

今日お話をしてて思いました(笑)。

pha (笑)

大原 そんな感じですね(笑)。

pha あー、でも「期待に応えなきゃいけないのかな」って、僕は若い頃はもっとなくて。大原君ぐらいの時はあんまりなくて。

やっぱり年を取ってくると、自分のやることもあんまり無くなってくるから。「社会的なこと考える」みたいなのあるかもしれないですね。

大原 じゃあ、年齢的なっていうか。

pha うーん。

大原 そうなったらなったで、やりゃあいいんですかね?

pha いいんじゃないですかね。年齢的にみんなそうだと思うんですよね。年取るほど投票率が上がるとかいうのも、たぶんそんな感じ。自然なものだし。

だんだん、若い頃は自分のことばっかりだけど、年取るにつれて変わってくるっていうのはみんなそうなんじゃないですかね。

大原 これから10年後とかどうなってるか楽しみですね。そしたら。

pha あー、10年後ね。またこうやって会って喋りたいですね。「どうだった?」みたいな(笑)。

大原 ちょっと楽しみですね。目標ができました。

pha (笑)

(註1)鶴見済(@wtsurumi)「紅葉は自然界がただで我々にくれているものなので、見ないともったいない。見ごろは1年でもほんの2週間ほど(今)。普通の公園でいいし、路樹でも大学構内でもいい。色々見たが、一番いいのは近所の雑木林(写真)。公園へ行こう!紅葉情報⇒www.tokyo-park.or.jp/special/kouyou/ pic.twitter.com/WEFVVkRfqx」2016年11月29日21:57:44ツイート

(註2)pha「今のことしか考えられない」/phaの日記を参照。

(註3)鶴見済「「家庭のない定年前男女」は平日昼の住宅地に居づらい」/tsurumi's textを参照。

(註4)「政治への参加のしかたが選挙しかないと思えば、誰でも無力感を抱かざるを得ない。けれども選挙は、最も力を持つものではあっても、やはり数ある参加のしかたのひとつにすぎない。こうした認識が広まれば、社会は変わっていくはずだ。他のやり方はいくらでもある」(鶴見済「デモに行けば無力感がやわらぐ」/『脱原発とデモ そして、民主主義』)

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