それぞれの幸福の自給自足法

2016年12月2日(金) @下北沢B&B

5.幸せの基準を輸入しない

鶴見 じゃあ、さっき言ってた時間になったので。そろそろ第2部を始めたいと思います。幸せの自給自足法というのについて、まだ直には話してないんで。

pha はい。

鶴見 今回のイベントの説明にも「幸せを自給自足するにはどうしたらいいのか考えます」的なことが書いてあったりして。

そういうこと、もし何か「これ」っていうような言いたいことがあったら、また時間押したりウヤムヤになるより前にこう……どうですか?

大原 どうですか?

pha (笑)僕ですか? うーん。

鶴見 幸せを自給自足するためには、そもそも自給自足ってどういうことなのか? 言葉の提案者の大原さん。

大原 うーん、その時何て言ってたんでしたっけ? 幸せとか楽しみとかですかね。「自給自足することが必要じゃないか?」って。

鶴見 食べ物の自給自足の話とかもしててね。

大原 うん。その流れでなったんですよね。やっぱり……自分以外の何かというか、何て言ったらいいんだろうな。

例えばまあ、何でもいいんですけど、買い物とか海外旅行とか、いろいろ「これをしてる時が幸せ」っていうことがあると思うんですが。

外のものに幸せを頼るというか。やってもちろんいいと思うんですけど。私もときどき、これ、私今日来てるの海外旅行なので。もちろんいいんですけど。

鶴見 あー、なるほど。

大原 それをしないと幸せを感じられなくなってる状態になっちゃってるのは「問題だなあ」と思っていて。

やっぱり自分の周辺のことで、幸せとか、豊かさとか、楽しみごととか、そういうことを見つけていけることが自給自足ですかね。

pha 日常の中で、そういう幸せを見つけるってことですよね。

あとまあ、海外旅行とか買い物とかって、何か買わされてる所もある気がするんですよね。広告とかに何か作られてる欲望なところも。

そういうのも楽しいんだけど、そうじゃなくて自分の中で「これは好きだ」みたいな。

世間的には価値がないと見られてるけど、「これは好きだ」っていうのを持つっていうのが「大事なのかなあ」と僕は思ったんですけど。

大原 何かTPPに例えるとね、

pha TPP(笑)。

鶴見 社会派。

大原 自分の心が一つの小さな国だとするじゃないですか。

そうすると外の社会とか、大国から「これが幸せですよ」とか、「これがいいことですよ」っていう基準を輸入させられそうになるでしょ。

それを私、関税をかけまくるんですよ。そこに。

pha (笑)

大原 輸入させないの。

鶴見 うん。

大原 自分の周辺の日常的なことだけで楽しめるようには気をつけてますね。何か変な例えですけど。

pha いや、でも分かります(笑)。関税は重要。

鶴見 大原君、考えとかも自給自足しなきゃダメだとか、問題意識とかを言ってたよ。

要するにだから、単に外で遊ぶとか、そういうの否定するとかだけではないような。その自給自足というもの。

要するに周りが「こうしろ」「ああしろ」とか、色んな人が羨ましそうなことをやってるのが見えるとか。

そういう時に周りの人に、そういうもんに依存して「自分の生き方を決めちゃダメだ」みたいな。そんな感じなのかなあ、と思いましたけど。

大原 人に決めさせたくないですね。あと何て言ったんだっけなあ……。

自分が気をつけてることとかで言うと、自分が隠居生活とかを振り返って、結局何だったのかなあって思うと、「全方位的に依存を減らしていく」ってことだったのかあと思ってて。

それは経済的なことだったり、何て言うのかな? 生活保護とかの人を批判するあれではないんですけど。

90万円で暮らすっていう、貧困の中でハッピーで生きていくっていうことを国に依存してないですよね。まず。

それから精神的にも依存してないですよね。「何が幸せか?」とかそういうことは、何とか自分で、自分の身の回りのことで自給させていくってことですよね。

あと……何かあるかな。良い/悪いの判断とか、善悪の基準とか。「何が豊かか?」っていうこととかを自分で自給自足してる感じですね。はい。

pha 何かそれをね、やってない人がやっぱり多いっていうことですかね。今。流されてるというか。

大原 分からんでもないですけどね。やっぱり。自分が寄りかかりたい。

pha まあ、楽ですね。

大原 寄りかかるものがあった方がね、「楽なんだろうなあ」とは思うんですけど。

で、私が今、本を書いてるという状況になってるんですけど。依存しないように気をつけようと思ってることは作家っていう地位とか。隠居っていう生き方。

あともっと言ったら、読者のみなさんに依存しないようにしようとしてます。

このイベントが終わったら明日からでも、隠居でも作家でもない自分の、普通の自分? に、ただの自分に戻れるような心持ちを持ってれば、本書いて大丈夫だと思ってる。

あと介護してた時もそうなんですけど、もしこの介護してて介護業界に依存するようなことは止めようと思ってて。

今AIとかロボットとかが発達してきてて。この先かなりの仕事がロボットに持っていかれるみたいな状況になった時に……全部できるとは思わないですけど。

例えば利用者さんが今すごく何かに対して怒ってて。この人は今正解が欲しいんじゃなくて「話を聞いてほしいだけだな」みたいな。そういう判断を機械が全部できると思わないから。

全部奪われると思ってないけど、確実に減りますよね。肉体労働とか単純労働的なことは。

そうなった時に利用者さんがハッピーで自分も肉体的に楽なんだったら、それは歓迎できる自分でいようと思ってて。

間違っても利用者さんに、例えばAIのロボットのダメな所を吹き込んだりとか、そういうことは絶対しない。

pha 「やっぱり人間じゃなきゃダメだよ」みたいな。

大原 そうそうそう。自分に依存させるみたいなことは絶対やんないようにしようと思ってて。

とにかく色んなことに依存しないで、自立してることを気をつけて「生きてきたなあ」と。今日のテーマに寄せてそんな感じで思いますね。

鶴見 本とか書いていくとさ、読者の人たちができてきて。その読者の人たちは「こういう風なことを書いてほしい」って望まれたりするんだよね。

そうするとさあ、それに応えるようにどんどん、どんどんそういうことを書いていくようになって。読者の人たちもワーッてなって。

そういう自分が書いてることは、自分の書きたいことから変な方向にずーっと行っちゃってるかもしれないことはありますよね。そういう時に……

pha うーん……。

大原 私2冊しか書いてないんで良く分かんないんですけど。

鶴見 だけどまあ、読者に依存しないようにするとかっていうのは「そんな感じなのかな?」という気もする。

大原 そうですね。そうです。

鶴見 要するに自分がやりたいことは常にこう、いろいろ敏感にチェックしながら、自分がやりたいことができているかをやりたいんじゃないですか? 俺もそうしたいと思うしね。

大原 はい。もうほんとにその通りだと思います。

何か本書くのって、『年収90万』もそうだけど、隠居っていう生活もそうだし、本が出たことも自分が好きなように生きてたことの結果でしかないし。

そのために生きてきたわけじゃないから。そうやって書いた本をみなさんが読んでくださったと思ってるので。

私がまかり間違って気に入られようとして変なこと書いたら……ほんとに正直に離れていっていただきたいですね。

pha でも僕ちょっと迷ったりしますね。

大原 あ、ほんとですか? 

鶴見 phaさんなんかメチャクチャそういう期待が来たりするんじゃない? こういう。

pha 何か「期待に応えるのがプロなのではないか?」とかちょっと思ったりすることもありますね。その辺はちょっと狭間で迷う所がありますね。

大原 期待……。

pha 何かまあ、ほんとに物書きとして、プロとして仕事をするなら期待に応える、需要に応えるみたいなのも必要なのかなあ。

今まであんまり考えてなかったけど、そういうの考えた方がいいのかなあって最近思ったりしてましたけれど。

大原 へえー。

鶴見 リツイートが多いようなことにこう……

pha ああ。

鶴見 ツイートもそれに増えていくみたいなね。そんな感じ。

pha ネットは特にそれありますね。反応が見やすい。ダイレクトに来るので。

ツイッターとかブログとかは、ほんとに「こういうのやったら受けるよなあ」っていうのに引っ張られる所はあって。良くないかもしれないですけど。魂を売ってしまう(笑)。

大原 あー、そっかー。

pha ツイッターとかは遊びだからいいんですけどね。自分の好きなように書いて本出して、それをずっと続けていくんだったらっていう。物書きとして、っていうのはちょっと迷いますね。

自分が嫌になんなかったらいいと思うんですけどね。それで「こんなの俺じゃない」みたいな所に行く前に引き返せばいいと思うんですけど。

大原 物書きとして続けていくなら、そういう事もあるかもしれないですね。そういう悩みも。

pha でも何か、やっぱり僕も……でも基本的には無理な人間だと思いますね。

大原 (笑)

pha 逃げたくなるみたいな。「俺こんなことやりたかったわけじゃない」ってなって、嫌になるタイプなので。

鶴見 違うこと書いてもその違うことの中に同じような性質を見つけて、ついて来てくれる読者さんはついて来てくれますよ。きっと。

大原 私何か一応、言われたら器用に出来ちゃいそうな気がするから。ちょっと何か……ねえ。

pha それ、何か依存しないようにしてるっていうのは、ちょっと放っといたらそっちに行ってしまいそうな所もあるからだったりするんですか? そういう

大原 依存しないように……

pha 恐怖が、恐怖というかその傾向というか。

鶴見 わりとでも、誰でも……ねえ。

社会的な発言とかでも「ナントカ反対」って言って、「わーいいぞー」って言われた人、どんどんどんどん「ナントカ反対の専門家」になっていったりとかする傾向もありますからね。

やっぱり、「受ける」→「もっと言う」→「また受けた」。

pha ありますねえ。でもそういうの自分が固定されるのが「やはり恐い」みたいな感じですかね。役割というか、イメージというか。

大原 固定は確かにしたくないですね。自分を固定させるもの全部から自由でいたいですね。

pha 僕も基本的にそうなんですね。やっぱり。何か「気持ち悪い」って思っちゃう感じですね。

大原 だってニート、元ニートとかって仰ってますけど、別にニートだった時もニートじゃない気分の日もあったでしょ?

pha ありましたね(笑)。そうですね。

大原 でもニートって言うと、ニートじゃなきゃいけない。

鶴見 そうそう。それをもうやめ……なんで元ニートになったんですか?

pha あー、僕はまあ、そうですね……

鶴見 そういう肩書きを「売り」にしていく手もあったと思うけど。

pha あー。

大原 なるほど。なるほど。

鶴見 日本一のニートとして、いろいろ原稿書いたりとか。それはやっぱり止めたっつーのは?

pha まあ何か、ある程度収入が。本出したりとかして収入が出てきたので。「ニートじゃないだろう」っていうのと、でもやっぱり一番は気持ち悪かったからかもしれないですね。

ニートとしての需要を満たし続けるみたいな。需要とか期待とかを。それも飽きてきたし。そんなに……ニートとして活動し続けるのに疲れて。

ただ何だろう? マスメディア的にはそういう分かりやすい肩書きの人を使いたがるので。そういう話はいっぱい来るんだけど。

それに乗っかっても別にいいことないんですよね。何かそれに……そういうニートの役割を演じるのを期待する人に乗っかって、何かちょっと目立ったりしても。

別に使い捨てられるだけだし。

大原 それが好きな人もいるんでしょうけどね。

pha それはありますね。それもあるんですけどね。

6.そのこと自体が喜びであること