鶴見済さん情報2016

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2016-12-15

tsurumi's yomeruに第2弾「日本の生きづらさ、脱資本主義@専修大学」を追加しました。

2016-11-15

今年もこの季節がやってきた! 「農のあるまちづくり」の講義が11月24日(木)16:50から東海大学代々木校舎であります。→→→「11月24日(木)16:50~、東海大学代々木4号棟4階教室にて、例によって地域デザイン総合研究の講義やります。テーマは「農のあるまちづくり」だが、今年は「市(いち)」の重要性についても。自分たちの経済なんて夢と思うかもしれないが、それやってかないと結局は隷属するしかない。」(https://mobile.twitter.com/wtsurumi 2016年11月15日より)

代々木キャンパス案内
http://www.u-tokai.ac.jp/about/campus/yoyogi/

2016-11-05

本屋B&Bでpha×大原扁理×鶴見済「それぞれの幸福の自給自足法」『年収90万円で東京ハッピーライフ』(太田出版)『しないことリスト』(大和書房)刊行記念イベントが開催されます。

日時:2016年12月2日(金)20:00~22:00(19:30開場)
会場:本屋B&B 世田谷区北沢2-12-4 第2マツヤビル2F
入場料:1500yen + 1 drink order

「それぞれの幸福の自給自足法」『年収90万円で東京ハッピーライフ』(太田出版)『しないことリスト』(大和書房)刊行記念 | 本屋 B&B
http://bookandbeer.com/event/20161202_bt/

大原扁理君、phaさんと今年もトークをやることになった。
「幸福の自給自足」とは大原君が少し前に話していたこと。家にいてもつまらないという理由で、イベントだ、旅だ、ボランティアだと活動的になる人がたくさんいるという話をしていたら、そうやって外に幸せを求めるのではなく、そのつまらないと見なしている日頃過ごしている時間のほうを快適にしなければいけないのではないか?と言っていた。
本当にそのとおり。
ひとりでいてもつまらない、などとは、誰もが当たり前に言うが、それを疑うことはしない。

https://plus.google.com/+鶴見済wtより
昨年開催されたイベント「それぞれの生きづらさの脱出法」はtsurumi's talkで聞くことができます。

2016-11-05

tsurumi's yomeruを追加。tsurumi's talkを読める化していく予定です。

2016-09-22

DOMMUNE「「『世界マヌケ反乱の手引書』(松本哉)刊行記念&「NO LIMIT 東京自治区」大報告会!!」」の様子。

dommune

2016-09-14

9月22日(木)19時~ライブストリーミングチャンネルDOMMUNEで「『世界マヌケ反乱の手引書』(松本哉)刊行記念&「NO LIMIT 東京自治区」大報告会!!」が配信されます。

9月22日(木)#DOMMUNE『世界マヌケ反乱の手引書』(松本哉)刊行記念&「NO LIMIT 東京自治区」大報告会!! 出演 松本哉、鶴見済、小鷹拓郎、成田圭祐。出演者まだ増えるかも。しかしこの『手引書』にはやられた!

(https://twitter.com/wtsurumiより)

DOMMUNE『世界マヌケ反乱の手引書』(松本哉)刊行記念&「NO LIMIT 東京自治区」大報告会!!
http://nolimit.tokyonantoka.xyz/nolimit_on_dommune/

DOMMUNE (ドミューン)
http://www.dommune.com/

2016-06-06

『東京新聞』2016年6月5日付に『貧困世代』の書評が掲載されました。

東京新聞HPで読むことができます。東京新聞:貧困世代 藤田孝典 著:Chunichi/Tokyo Bookweb(TOKYO Web)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2016060502000173.html ※リンク切れ

鶴見済@wtsurumi
今日の東京新聞に『貧困世代』(藤田孝典著)の書評を書いた。著者が言うように、今や若者が社会に求めているものが「支援」「給付」であるなら、戦後のどの時代の若者文化からも想像できなかった異常事態と言える。
6:32 - 2016年6月5日

『貧困世代』で興味深かった指摘は、日本の社会保障が一部の高齢者、障害者、児童(そして生活保護受給者)という限られた人間しか対象にしていないという点。確かにそう感じる。それ以外の人間は困っていても相手にされていない。
6:51 - 2016年6月5日

https://mobile.twitter.com/wtsurumiより

2016-06-05

<古くて新しい情報>

『レイヴ力』の書評を発見!!

「結果じゃなくて過程自体を楽しむってことも、俺は踊りながら身につけたことだよ」と鶴見は言う。実はレイヴだけでなく、日常生活の全てにおいても、ぼくたちはそうすべきだったのではないか。鶴見はこう言葉を続ける。「そもそも〈過程を楽しむ〉ってことは、生き物としてごく普通のことだったはずなんですよ」。目的を仮構し、それが結果として達成されてこそ人生の意味が成就されると考えて己れを縛りつける、そんな堅苦しい生き方の方がむしろ特殊だった。そこから解放され、今、在ることの充実、経験の濃密な強度を感じつつ生きるべきなのだ――。こうして導かれるニーチェ的な「意味から強度へ」の価値観の転回こそ、アタマだけで考えず、踊りに身を任せてきた二人が迎えた新しい境地のようだ。

武田徹「<踊る身体>がもたらす心身関係の変容 『レイヴ力 rave of life』鶴見済、清野栄一」/『I fell 読書風景』2000年秋号より。

チェック!

鶴見済「ぐうたら自然農体験記」/『スペクテイター』第28号(2013年8月)には次のように書かれています。

「そんなことをするくらいなら、買っちゃったほうが早い」という言い方がある。「買ったほうが早いならば、やっても無駄である」という見方をするなら、この畑作業のすべては無駄ということになるだろう。これほど多くの人間が手間をかけても、わずかな収穫しかないのだから。ジャガイモが欲しいなら、数百円を払って買えばいいではないか。こういう考え方もフランクリンの「時は金なり」とはまた別の形の“資本主義の精神”と呼べるだろう。
 しかし、そうではない。我々にとっての価値は、効率がいい、悪い、カネがかかる、かからないだけでは測れない。「買ってきたほうが早い」「外食したほうが早い」からと言って、料理を作る意味がなくなるだろうか? 電車に乗ったほうが早いからといって、自転車で行くことに価値はないか? むしろ生きる楽しみは、その尺度に照らせば無駄なことのなかにこそある。
 豊かさとはそういうものだ。
2016-04-09

4月10日(日)の国立駅南口「0円ショップ」(13時~)でA3BC:反戦・反核・版画コレクティブの木版画プリント青空ワークショップがあります。→→→「10日の0円ショップ、版画集団A3BCとのコラボやります。数々の名作版画と紙や布を準備しているので無料で路上印刷可能! Tシャツなど持参歓迎。終了後は花見。写真は昨日の自作。a3bc.hanga.org/zero-en-shop/pic.twitter.com/ZbXv0xMdbWhttps://twitter.com/wtsurumi 2016年4月8日より)

「0円ショップは無料のものをやり取りするところです。これは自分の生活で必要とするものの量をリサイクルして節減する方法です。ですからこれは場所というよりも生き方です」

「一番大切なことは金を使わないこと。そうすれば労働を減らせて、0円の生き方のためにもっと時間をかけられます」

「4月10日の0円ショップは路上で木版画のプリントをします。だれでも自分で無料のプリントをして家に持って帰れます」

「たいてい私たちにとって古いTシャツは価値が低いです。しかし自分で作った二つとないプリントがあるTシャツは私たちにとって価値が上がります。さらにこれは人々に政治的なメッセージを広める方法です。では古い衣類を持ってきて、アートを路上に持ち出そううう!」

http://a3bc.hanga.org/zero-en-shop/ より

2016-03-08

3月27日(日)に西東京市ひばりが丘図書館で『鶴見済さんと考えるもう一つの経済』の集いが開催されます。

日時:2016年3月27日(日)15:00~17:00
定員30人位、申し込み不要、先着順。
会場:ひばりが丘図書館・講座室(西東京市ひばりが丘一丁目2番1号)。西武池袋線ひばりが丘駅南口徒歩1分。
参加費:500円
主催:ナマケモノの集い@西東京市
    https://twitter.com/okaneirazu

ナマケモノの集い@西東京市:『鶴見済さんと考えるもう一つの経済』の集い
http://okaneirazu2.blogspot.jp/2016/03/blog-post.html

『鶴見済さんと考えるもう一つの経済』の集い
何かと規制が多く、利潤追求一辺倒の生きづらい世の中。普通と違う生き方は可能なのか?鶴見さんのお話を聞いて話し合い、生きるヒントにしよう!

鶴見さんのTwitterのプロフィールより:
ライター。最新刊は『脱資本主義宣言』。消費や生産や成長を強いるこの経済の仕組みに反対。少なく稼いで、稼ぎを公平に分け、のんびり生きられる社会に賛成。自然農も実践。
他の著書に『完全自殺マニュアル』や『檻のなかのダンス』など。より楽な生き方を相変わらず考えている。

お話の内容(予定):
生きづらさ問題や経済至上主義・グローバル経済の害について
0円ショップ(下の写真:鶴見さんらが国立で開催している不要品をタダで放出するイベント)、
贈与などのオルタナティブな経済活動
http://okaneirazu2.blogspot.jp/2016/03/blog-post.html より

2016-01-27

<古くて新しい情報>

『完全自殺マニュアル』論を発見!

 最近だいぶ評判になった本で、鶴見済という人の書いた『完全自殺マニュアル』というものがあります。さまざまな自殺の仕方の簡単なマニュアルになっていて、中でも一番確実に死ねるのは首をつる方法だとか、富士山の樹海の中に入る時はどこがいいとか、そういうことがごたごたと書いてあるのですが、彼はなぜ、こういうマニュアルを作ったのか。その「おわりに」で、著者鶴見はこう書いています。

 まえがきでは「現代社会と自殺について」みたいな大仰な文章を書いてしまったが、じつはあれは文字どおり取ってつけた話だった。
 こういう本を書こうと思ったもともとの理由は「自殺はいけない」っていうよく考えたら何の根拠もないことが、非常に純朴に信じられていて、小学校で先生が生徒に「命の大切さ」なんていうテーマで作文を書かせちゃうような状況が普通にあって、自殺する人は心の弱い人なんてことが平然と言われてることにイヤ気がさしたからってだけの話だ。「強く生きろ」なんてことが平然と言われてる世の中は、閉塞してて息苦しい。息苦しくて生き苦しい。だからこういう本を流通させて、「イザとなったら死んじゃえばいい」っていう選択肢を作って、閉塞してどん詰まりの世の中に風穴を開けて風通しを良くして、ちょっとは生きやすくしよう、ってのが本当の狙いだ。

 つまり、ここでは何が言われているかというと、自分はいまの若い人達が生きやすくなるようにこれを書いた、と言うのです。死のうと思えば、そんなに苦しまなくたって死ねる、「イザとなったら死んじゃえばいい」というオプションのあることが、いまの若い人達にとっては、「生きやすくなる」ための大事な条件だというのです。一見すると、何か逆のようです。死はすぐ近くにあるし、自分の手で触れるんだよ、などと言ったら、死んでしまうのではないか、と思うのですが、そうではなくて、そのことが生きる力を与え、生きやすくする、と言うのですね。ですから、われわれは、なぜここで言い方が逆転しているのかを考えなくてはならないのです。何が、事態を逆転させているのか、と。
 そう考えてはじめてわかるのですが、いまは、死が完全に、何重にも、生から隔てられ、見えないものにさせられている。しかし、その結果、何が起こったかというと、死が見えなくなり、感じられなくなることで、もう一方の秤の上にある生が、見えなくなり、感じられなくなった。だいぶ誤解にさらされているようですが、鶴見はここで、いまは生と死の違いがはっきりと感じられない、そのことが閉塞状況を作っている、いま、若い人達は生に閉じ込められている、この閉塞状況を壊さなければ、生きていることのリアルさは回復できない、そう言っているのです。
 どんなことがあっても死んじゃいけない、ということが意味を持つには、生が生き生きと感じられていることが必要です。そうでないと、それは単に死の禁止にしかならない。しかし人は、死があるから、生について考えるのではないでしょうか。死を見えない場所に押し込めることで、実は生が見えないところに押し込められているのです。死を禁止し、抑圧することは、そのまま、生を抑圧することになる。鶴見は、生をありありと感じるために、いまは、生と死の異質さを回復することが不可欠だと言い、そのため、死を抑圧するな、それは生の感覚の死につながる、と言っているのです。
 すると、この鶴見という書き手の届けるメッセージの方向が、ちょうど村上春樹、村上龍という小説家のメッセージと逆になっていることがわかるでしょう。一方は、異界のいわば属領化をその描写で享受しているのですが、他方は異界の属領化の結果としてのその異質さの消滅、死の消滅に苦しみ、何とかそれを回復しようと、異界の脱属領化をめざしているのです。
 いざとなったら死ぬこともできる、死んでもいいのだということを、オプションの中に一回繰り込む。そうすることで、もう一度、生きるということを新鮮な形で取り戻すことができる。逆から言えば、そのくらい、この異質な世界の異質さの消滅がいまの若い人を死のような生に押し込めている、そういうことをこのことは語っています。

加藤典洋『理解することへの抵抗』(海鳥社)より。

これは1994年5月25日に神奈川県高等学校教科研究会国語部会で行われた講演の一部です。加藤さんは他にも『朝日新聞』1995年2月12日付朝刊で「一年ほど前、息子が買ってきた「完全自殺マニュアル」という本をのぞいたら、そのあとがきに、その本の著者が、「強く生きろ」なんてことが平然と言われてる世の中は閉塞(へいそく)してて生き苦しい、だからこういう本を流通させて「イザとなったら死んじゃえばいい」っていう選択肢を作り、風通しをよくしたかった、と書いていた。新しい思想の声がここにあると思い、そのことを当時、どこかに書いた覚えがある」と記しています。